カテゴリー「煙草」の6件の記事

2006年10月22日 (日)

禁煙者のひとりごと その後

22年間、煙草を楽しみとして、趣味として、吸ってきたわけですが、昨年の12月15日以来、一本も吸っていないのです。
ところが、もうあと2ヶ月ほどで、一年となりますが、ふと、煙草すいたいなーと思うことがあるのです。
おいしかった、ショート・ピースやらコイバの葉巻やら、味を思い出すこともあります。
ただ、もし一本吸ったらきっと、たぶん気持ち悪くなって、吐くかもしれません。
 でも不思議なもので、なぜか吸いたい願望が、ふと湧くのが、不思議なことです。
煙草の味についてのはなしや禁煙日記は、前に書いたのでそちらを読んでいただければと思います。
 ただ、そう思っても販売機まで行くことはありませんでした。
ブログでも書き、友達や知人に宣言した以上、もう一度吸うこともできないし、それでいいと思います。
 チェーン・スモーカーであった、私でも今は、電車に乗っていようと、食事をした後でも、煙草を吸う場所、時間
を考えることもなく、ニコチンの禁断症状によって、煙草に恋いこがれることはありません。
それがいいことでもあります。
 煙草も単なる嗜好品、コーヒーやアルコールと同じようなもので、大人の趣味です。
外で働く人や、煙草を吸う趣味が唯一なら、吸える環境にあるなら、体に悪いといいながら、無理にやめることもありません。
 私の伯父は、85ですが、缶ピースを吸っていますが、至って元気です。
嫌煙主義の方は、何と言うことを言うの?とお思いかもしれませんが、煙草のおいしさは、吸ったひとでなければわかりません。タバコを吸っても、マナー良く、携帯用灰皿でも持てばいいのですが、そういう人も希です。自分自身は10年以上前から携帯用灰皿は、携帯していましたが、煙草天国だった20年以上前は、ポイ捨てしていたのも事実で人のことは言えません。
煙草好きだったのですから、喫煙者を非難するつもりもありません。
人間、煙草を吸う人と吸わない人の2種類いるだけです。ただ、それだけです。

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2006年4月28日 (金)

禁煙者のひとりごと

昨年の12月15日に禁煙を始めてから、もう4ヶ月以上たつことになります。  はや、4ヶ月で、一本も吸っていないのは確かです。  ニコチンの禁断症状というものは、大変に強いもので、ここ最近になって、煙草を吸いたいという衝動が、フツフツと湧いてくるのです。本当に不思議なことで、4ヶ月吸わないにもかかわらず、体の方は、ニコチンを覚えているわけです。  単なる衝動かもしれませんが、煙草のうまさと習慣は体の方は明確に覚えているのです。  煙草をやめてから、いろいろと体に変化が現れては消えていきます。  禁煙後、あれだけ飲んでいたコーヒーが、1週間ほど、体の方で受け付けなくなったり、その時期が過ぎると濃いコーヒーより、薄めのコーヒーを好むようになる時期もありました。  それと同様に、煙草をやめると、好物だったきつい飲み物や辛い食べ物を一時的に受け付けなくなることもありました。ウィスキーをストレートで飲むことが、煙草喫煙時には、平気だったのに一時的に体が受け付けなくなることもありました。  ある人が言っていたなかに、禁煙すると、熟睡するようになるというのも、本当の話です。  今の時期は、春眠暁を覚えずの季節で、誰でも、昼間でも眠い時期でもありますが、私自身、眠い時の方が多いです。  また嗅覚は、格段に鋭くなることも確かです。 ここ最近、吸いたい衝動が今までより多いのも不思議なことです。 ここを、乗り切れば禁煙に成功するのではと思っています。 不思議な吸いたい衝動が、一日に数回ありますが、喫煙時のような、衝動ではないので、禁煙場所の多い昨今、煙草を吸わない方が、便利ではあります。 私は、煙草飲みを22年やってきたので、喫煙者の気持ちは、十分にわかります。 だから、嫌煙する人の気持ちもある程度わかりますが、煙草は本当に旨いもので、社会的制約がなければ、やめなかったかもしれません。 今は、もう非喫煙者ですが・・・。

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2006年1月26日 (木)

ただいま禁煙中42日目

音楽ばかりの話では、飽きてしまうとも思いますので禁煙の話、その後のはなしをします。 みづからの、三種の神器の一つとまで言い切った、大好きな煙草をやめて42日目となります。 別に、自慢をしたいわけではありません。本来、私の煙草を止めた、大きな理由は、前に書きましたように、4つありました。読んでください。 一つ目は、煙草から来る気管支炎で苦しい思いをしたこと。二つ目は、パッケージ変更された煙草は、もうもとの味もどることは無く、煙草の味にあれこれ文句を言うのなら、いっそ止めちゃえ。と思ったこと。三つ目は、今の日本の状況、世界の状況をみても、煙草の吸える場所が少なくなり、ニコチンの禁断症状で、苦しむのなら、いっそ煙草を捨てようと思ったこと。四つ目は、単純に煙草代が、浮くこと。  たったこれだけです。  今現在、煙草を吸っている人に、決して禁煙を勧めようとも、私は今考えてもいません。 自由に煙草が吸える、環境にあるなら、おいしい煙草を無理してやめることも無いと思っています。 別に、癌になるのが、怖いからでもなく、別にいつかは、なにかしらの病気になるかもしれないし、そんなことが怖くて禁煙したわけでもありません。実際に、命が惜しいので、禁煙したわけではないのが本当なのです。 だから、煙草を吸う人で、いつでも吸える環境にあるのに、また煙草が好きなのに、禁煙しなくても良いと思っています。 煙草を吸う人と煙草を吸わない人とふたつの人がいるだけで、ただ、それだけです。 いままで、喫煙してきたので、禁煙は実に、ほんとうにつらいのは、確かです。 いまは、私は、ただの煙草を吸わない人であるだけで、それだけで、それ以上でも それ以下でも、何のことでもありません。  人は、それぞれ、無理に禁煙を考えることもないとおもいます。 ただ、私は、禁煙した以上、もう一度喫煙を始めて、また禁煙するという、苦労はもうムリだと思っています。

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2005年12月29日 (木)

煙草への22年間の感謝とお礼

プロフィールに書きましたように、私にとって煙草というものは、今までの人生のなかで、人生そのものと言ってよい物でした。このたび、三種の神器とまで言い切っておきながら、禁煙を決行しました。私は、スモーカーの気持ちも痛いほど分かるし、本来煙草が、趣味なので一生禁煙するつもりはありませんでした。そうした、いままでの美味しかった煙草に感謝し煙草を吸わない人生を送ることになります。 そうした、禁煙の苦しみや葛藤を日記のように書いていました。その日記をここで、公開しようと思います。なぜ禁煙したのか。禁煙する前は、どんな気持ちで、煙草を吸うのか。スモーカーでない人も、スモーカーの人も、スモーカーから新しい生活へと変わる人もその葛藤というものを読んでみてください。 その1 私は、煙草を止める気はない。煙草の害は、様々な本や情報により、知っている。知っているにもかかわらずやめない。働いていた事務所での所長は、若いときは、煙草を二箱吸っていたが、肺を煙草のために冒されてしまった友達を見ていて止めることにしたという。その所長は言った。第一に煙草を止めないことは、意志が弱いということだ。第二に周りの人に煙草の害が及ぶことを考えたら禁煙すべきであること。煙草の害を知っていながら、吸うことは要するに馬鹿だということ。は、言った。煙草を吸うことの自分への害も人への害も知っている。敢えて煙草を吸うのは、確信犯であることを承知の上で吸っていると。 私の今までの人生で、酒と煙草。特に人生の苦しいときにあったのは、煙草だった。苦しいときに慰めてくれたのは、煙草だった。つらいときに慰めてくれたのは、煙草だった。 その所長は言った。要するに君は、煙草と酒と心中するつもりなのだね。それなら、分かったどうぞ心中しなさい。と他の人にこう言ったこともある。これだけ煙草が好きなら、肺がんになっても本望だ。と。20代の頃からその考えに変わりはない。確かに病気になれば、迷惑をかけることになるかもしれない。肺がんになっても、これだけ、いろいろ多くの煙草を知ることが出来て本望だ。つらいときには、いつも煙草があった。他人から見れば、なんと言う愚かな人だと言われるかもしれない。自分を大切にしろと叱られるかもしれない。でも、現時点では煙草は止めるつもりはない。結局、酒と煙草と心中の人生となってしまうかもしれない。私の今までの人生で酒と煙草は、つらいときには、いつもあった。酒と煙草と心中することになっても、自分はそれで満足だ。所長は言った。酒と煙草が、恋人なのだね。どうぞご自由に。私は知らないよ。と。 その2 数少ない喫煙による煙草の効用は、異説はあるが、アルツハイマー型の痴呆にはならないということとニコチンは、腸を刺激するので、便通がよくなることぐらいである。他には、大人のお菓子のようなもので、味が様々なのでいろいろと楽しめるということや喫煙することでリラックスできる、気分転換に良いのも本当だ。それ以上に煙草の害の方が多い。煙草には、発がん性物質が多く含まれており、煙草の吸い口から出る煙、主流煙より、火のついた側からでる副流煙の方が、発がん性物質が多く含まれていることはよく知られている。煙草を吸っている人は、主流煙を吸うわけだが、その近くにいる煙草を吸わない人は、副流煙を吸わされることになるこれが、吸わない人にとっては一番問題となるところである喫煙者は、タールも吸い込むから、何十年と吸い続けるうちにこのタールで、肺は真っ黒になる。学説によっては、煙草をやめれば、人間の肺の自浄作用で少しずつ、元の肺に戻っていくということもあるとも、もう元には戻らないとの学説もある。喫煙者は、肺がんになる確率も高くなるのも、統計上本当で、肺がんにならなくとも煙草を数十年喫煙していると、肺気腫になる。タールで、肺がぼろぼろになり、呼吸が苦しくなるという病気である。肺がん末期でそのまま、体中に転移しており、あっという間に死んでしまえばそれも良いが、その肺がん末期の症状は、体が痛いだけではなく、呼吸が苦しく、痰と咳がひどくなり、その死に至るまでの過程は想像を超えた苦しみの上に、のた打ち回って死ぬのである。肺がんにならなくとも、前述の肺気腫になると、肺そのものがぼろぼろになってスポンジ状となり、肺胞が機能しなくなるから呼吸が苦しく、運動はもちろん、酸素ボンベを常に持っていないと生きてゆけなくなるということになる。肺気腫になったら、もうもとの肺には戻らない。かといって肺がんのようには死なない。だから、厄介で、一生死ぬまで、肺気腫を抱えたまま、残りの人生を苦しく生きるしかない。他には、喫煙者には歯槽膿漏になりやすい傾向がある。また、女性は、妊娠中に喫煙していると、胎児に影響がある。未熟児であったり、障害を持つ子供を出産する恐れもある。母親が喫煙しているとそのニコチン・タールは、胎児も吸収するので、胎児も煙草を喫煙している状態となるついでに、ニコチンは依存性があり、結局は喫煙者の多くは、吸わずにはいられないので、言ってみれば合法ではあるが、麻薬と同じである。煙草のニコチンの自分の体の中での濃度を一定にするために、またそうしないと、体が要求するので、煙草を吸いたくなるのである。現在は、ニコチンとタールの量が少ない煙草が多いが、たとえタール1ミリグラムで、ニコチン0.1ミリグラムであっても、その量によるニコチン中毒になる。強い煙草でないからといってもいくら、ニコチン、タール量が少なくても、多くてもニコチン中毒となる ついでに、喫煙者は常に、咳をしたり痰が出たりするが、喫煙者はすべて、慢性気管支炎であるニコチン中毒である喫煙者すべては、ニコチンの量を体の中である一定の濃度にしておかないといられない。禁煙車両や禁煙場所で、煙草を吸うことは出来ないので、イライラして吸いたくて吸いたくていられなくなる。体がニコチンを要求するからだ。これが、煙草の禁断症状である。麻薬と同じであることは、それでわかるだろう。 喫煙者は、ニコチン依存(ニコチン中毒)である場合と煙草依存である場合と両方か、もしくはどちらかである。煙草依存とは、ニコチン中毒ではないのだが、ちょっと精神的に煙草が吸いたいといった軽い欲求である。煙草依存とは、何かあったとき、煙草に頼りたいという欲求である。ニコチン中毒であるならば、煙草をやめることは相当な意志によらなければ、普通はやめられない。紙巻煙草を吸うときは、大概の人は、煙を肺まで入れて吸う。葉巻やパイプ煙草は、肺まで入れずに口の中で味わうので肺がんにはなりにくいが、煙をのどで止めて味わうために、肺がんではなく、喉頭がんになる。喉頭がんになると、喉の声帯まで冒されると、手術したときに声帯まで除去されることになる。一生声は出せなくなる。 今現在は、ニコチンガム、ニコレットやニコチン・パッジをつけて、体内にニコチンを吸収させることで、禁煙による禁断症状をやわらげることができる。ニコレットは薬局でも手軽に手に入る。ニコチン・パッジは、禁煙外来で処方されないと手に入れることは出来ない。ニコチンガムやニコチン・パッジをしながら、煙草を吸っていると両方のニコチンを体内に入れることになり、絶対に体によくない結果となる。 どちらにしろ、喫煙者は、吸わない人にとっては害になるし、これから喫煙を始めようとしている若者や女性は、かっこいいからとか、体験してみたいなどと考えずにはじめから、吸わないに越したことはない。これからの世の中の状況は煙草を吸わない者のほうが有利となっていくのは必然である。喫煙者は肩身の狭いもので、今の日本の状況、将来も喫煙者に有利となることはまずない。敢えて煙草を始めようとすることは、絶対に薦められない。 その3 煙草を禁煙したまず、第一日目は、さほど吸いたいという欲求はなかった。しかしその夜、寝床に入って寝ると夜中に背中に寝汗をかく。煙草を吸っていた昨日とは違う。そして、二日目、三日目が、煙草が吸いたくてたまらない一番つらい時期である。私は、この二日間、その気を紛らわせるために、とにかく間食を絶えずした。とにかく、ニコチン依存を紛らわせるためにどんな駄菓子でも絶えず食べた。このままでは、肥満してしまうので、インスタント・コーヒーのブラックを一日で10杯近く飲んだ。また、シュガーレスのキシリトール・ガムをコンビニエンス・ストアで5本買って来て、ちょっとでも煙草を吸いたいと思った瞬間に、ガムを口に放り込んだ。とにかく、煙草の味が欲しかった、また簡単に良い味を楽しめる煙草が吸いたかったから、他の味で、何であろうと、口の中に放り込んでその禁煙の苦しさから紛れようとしたのである。驚いたことに禁煙していると、夜寝てしまっても一時間か一時間半位すると必ず起きるのである。何か、十分寝たような気がして、でも時計を見ると未だ、夜中の1時だったり2時だったりするのである昼間も眠い。昼間、眠いときは、今までは、煙草を無理に眠気覚ましに吸ったりしたが、禁煙中は吸わないので、椅子に座りながら、幼児のようにいつの間にか昼寝をしたのである。ところが、その昼寝でも30分か時間立たないうちに目が覚めて、何時間も昼寝をすることはないのである この時期を過ぎると、かなり楽になってくる。でも、煙草が吸いたいという欲求は、突然のようにふと心に湧いてくる。そうしたら、買っておいたガムを口に放り込むか、ブラック・コーヒーを流し込むことにした4日目から5日目くらいになると、禁断症状も薄れてくる。香りに敏感になり、禁煙を始める前に飲んでいた、ウィスキーを禁煙後に飲んでみると、味、香りともに嗅覚が、どういうわけか鋭くなり、数倍も、美味い酒に感じられたのである。まるで違う酒を飲んでいるかのようであって、いかに煙草が香りや味に鈍感になるか、身をもって分かったのであるそして、今日で禁煙生活まる1週間である。煙草は、一本も吸わなくてもいられた。私は、煙草は大好きなので、このまま買ってきて、吸ってもきっと美味しいと感じるに違いないとは思うが、灰皿も煙草も捨ててしまった。 なぜ、私のような煙草好きで、禁煙など一日で持たなかった自分が禁煙をしようとしたのか。ここのところ、煙草の本数も増え、一日に30本を超える日が多くなった。咳がひどく、痰もでる。もともと、家系から言っても、父親も祖父も元来、気管支が弱いと来ている。私もそうだ。だから、高校時代まで私は絶対に煙草だけは吸わないだろうと思っていた。知人に薦められたのが運の月。元来、凝り性の私は、煙草の世界を知ると、趣味として、煙草センター通いを始めて珍しい煙草があると買ってきて家に帰ってから、吸うのが楽しみとなった。こうして、昔日本専売公社の煙草は、ほとんど売っているものは試した。吸い終わったパッケージもきれいに取っておいて、タール・ニコチン量が、表示されるようになってからは、空き箱に入れておいた。珍しい葉巻、シガリロもシガーもその箱は取っておいた。パイプは、父親の勤めていた会社の方から、慶弔用の黒いパイプとブライヤーだと思う良いパイプを二つ貰った。若いとき使っていたものでそれをあげようと言ってくださり、喜んで貰ったパイプは二本そろったので、ほかに掃除をするための掃除道具やら、カーボン・ケーキを薄く削るためのパイプ用のナイフも必要だ。「パイプ党の本」と言う題名だったか、パイプ入門の本も買った。その本を読みながら、こうかな、ああかなと、パイプのイロハを研究した。パイプ煙草は、三種類なり、四種類なりを個人の好みに合うようにブレンドすることが、深みのある趣味である。時には、その自分好みのブレンドしたパイプ煙草にブランディーやウィスキーを少量振り掛けることにより、味に深みを増し、自分好みの味に仕上げるのが、パイプ煙草の一番の醍醐味である葉巻は、パイプをやる前から興味があり、葉巻に関しては、日本の葉巻は、一つとして美味しい葉巻がなかったので、ドイツものやオランダものなどのシガリロを買って吸っていた。紙巻煙草を吸う人は、初めて葉巻を吸うと大概まずいと言うが、この葉巻というもの慣れるとこんなに美味いものはない煙草を一本でも余計に吸うことが、若いときの楽しみであり、咳が出ようと、常時、龍角散を常用し、人にはあまり咳がひどいので、「肺が悪いのですか。」と聞かれたこともある。禁煙する前の晩、2箱吸って、床につくとひどい咳がでる。毎度のこととはいいながら、その日はやけに苦しい。呼吸困難とでも言うような苦しさだった。これは、煙草の煙の一酸化炭素中毒の酸欠状態だと考えて、窓を開けたのであった。真冬の寒い冷気が、身を刺す。30分くらい足ってやっと、空気も入れ替わり、呼吸が苦しくなくなってきた。そのときだった。もしこのまま、煙草が美味いからといって、このまま吸い続けていたら、確実に死んでしまう。と思った。死ぬことは怖くはない。若いときから病気のデパートで、死ぬ思いは、数え切れない。煙草の味が、変わることもしばしばの今の煙草の数々、美味しい煙草などないのが、現状。そのなかで、文句を言いながら、煙草を未練がましく吸うのも、おかしな話だ。えい。やめちゃえ。と思ったのが、二つ目の理由である。三つ目の理由は、禁煙場所が多く、スモーカーには、不利な状況になっていることもある。煙草を吸うこと、ニコチン依存であることは、たった数時間の間も我慢が出来ない人もいる。これでは、飛行機に乗って外国旅行も永遠に無理である。仕事をするのでも、オフィスの中は、現在は禁煙が当たり前である。ちょっと、タバコ吸ってきます。などと言ったら、即リストラであるいちいち、食事のためにレストランに入っても、必ず「喫煙席を取ってください。」と言う必要がある。煙草を吸わない人は、なんのシガラミもなく、禁煙場所でも何の不自由もない禁煙してから、約一週間過ぎた。二十歳前後から、二十二年間吸い続けた。今までにこれほど長い禁煙期間は一度たりともなかった。煙草が趣味だった。煙草が大好きだった。禁煙して、得られることは考えると、まず煙草代がかからない。一月八千円から一万円近くの出費はなくなる。料理や酒やお茶などの香りが、数倍以上分かる。煙草を吸っていたときの味と禁煙している今とでは全く、味と香りが数倍違う。寒い中、煙草の煙の換気のために窓を開けることもしなくてよい。もし、煙草を止めることが出来るなら禁煙場所であろうと、電車で移動中だろうが、ニコチン依存のための禁断症状がなくなるのなら、煙草と離れられるつまるところ、煙草の呪縛から開放され、一本の煙草を吸うために、喫煙場所を常に気に掛けていたいままでのニコチン依存の生活とは、違う生活が待っている煙草はおいしい。肺がんになろうと、煙草は、紙巻煙草であろうと、葉巻でもパイプ煙草でも、嗅ぎ煙草でもおいしいものは美味しいもし、このおいしい煙草そのものが、ニコチンに習慣性、依存性がないならば、そのときの気分で、チョコレートを一つ食べるのと同じ行為となるが、結局は、煙草は「大人のお菓子」とはいうものの習慣性、依存性があるため麻薬には変わりない。吸わずにいられない我慢できないのならば、自分の生活や行動が、煙草に制約されることになる。自由ではないと言うことだ。 その4 12日目、後二日で、2週間となり二つ目の山を越すことになる。最初の山は、禁煙2~3日目である。吸いたくて、吸いたくて辛いのだが、ここで1本吸ったらもう終わりである。その最初の山をもうとうに越した。1~2週間である。10日の山は既に越した。後数日で、2週間となる。二つ目の山も越えそうだ 次の山は、禁煙後1~2ヶ月である。おもしろいことに、禁煙して2週間近くなると、一日のうちで、1本吸いたいという衝動が、前より少なくなってくる。 外へ、出かけても、財布と携帯電話だけ忘れなければ、用は足りる。今までのように、ライターと携帯用灰皿と煙草(予備の煙草もいつも用意していた。)を持たなくても良い。身軽でよいという利点がある。昼食を外食で済ませても、考えてみるともう自分は、スモーカーではないのだから、食後の煙草を吸う必要もないと思うのである。そのまま、食べ終わって店から出ても、何の違和感もわかない スモーカーでないことは、なんと便利なことだろう。と思うようになるスモーカーだった頃は、食後は必ず煙草を吸っていたので、喫煙席を探し、灰皿を持ってこなければならなかったし、なければウェイターやウェイトレスに、すいません。灰皿お願いします。と必ず言わなければならなかった。そこで2、3本吸うのが、習わしだった店の外にでても、灰皿のあるところ、喫煙所はどこか、駅のホームの北側か南側か、どちらが喫煙所だったか、確かめるのも習わしだった。 スモーカーでないのだから、そんなことも考える必要もないわけだ。 なんと、自由な世界なのだろう常に煙草を吸うところと時間を気にする必要も全くない。煙草は、持たないのだからポケットも何も入れなくていいのだ。煙草の残りの本数を考える必要もなく、路上喫煙やポイ捨て違反で、罰金を取られることも、一切ない煙草を買う必要がないのだから、スターバックスで280円のコーヒーを煙草を買う金で、毎日飲むことも出来る。スターバックスでコーヒーを飲まなくても、松屋の豚丼で昼食を取ることもできる。吸わないのだから、食べ終われば、お茶を飲んで、ちょっと休めばよく、煙草を吸って嫌がられることもない。 スモーカーでない便利な生活と言うものに、もう慣れそうな気配である。 読んでいただきありがとうございました。喫煙を嫌う人も、喫煙を楽しむ人も、罪悪感を持ちながら喫煙している人、禁煙したくてもできない人それぞれです。私自身も頑固なスモーカーでした。喫煙が、悪とは、私には思えないし、22年間の美味しい煙草たちへの感謝の念で、いっぱいです。今のところ、私はこの煙草の一切ない生活をたのしんでいます。それも一つのライフ・スタイルだし、煙草のある生活もまた、楽しい生活だったと思っています。お読みいただき、ありがとうございました。

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2005年11月23日 (水)

パーラメント・ライト 100’S

今日は、紙巻煙草の話です。パーラメント・ライト 100‘S きのう、PERLIAMENT Lights 100‘S (パーラメント・ライトのロングのボックス330円、タール6ミリグラム、ニコチン0.5ミリグラム)を買って、吸ってみました。パーラメントのオリジナルのロングは、もう既に、20年以上前からあって紙巻煙草のなかでは、一般の紙巻煙草より、高いものでした。昔からあるオリジナルのこのパーラメントは、フィリップ・モリス社独特の特徴的な味をもっていました。そのころのラークより価格は、高かったと思います。当時もいまもタール、ニコチン量ともにオリジナルのパーラメントが、たしかタール9ミリグラムでしたが、当時としては、軽い煙草でした。いまは、タール1ミリグラム、ニコチン0・1ミリグラムの煙草全盛ともいえる状況で、日本の紙巻煙草でも、フロンティアが、そうした紙巻煙草で、最初に販売されたものです。この煙草は、甘い香りが特徴で、多分、パイプ煙草を使っているか香料でお菓子のような甘い味が特徴です。販売された当時吸ってみたところ、吸い口からの煙草の煙は、なかなか入ってこなくて、その煙草を吸った知人たちは、皆、煙草を吸っているような気がしない。と異口同音に言っていました。私自身も味は、甘く食後かお菓子感覚で吸うのなら、このフロンティアは良いけれど、KENT FK、KENT FSKタール13ミリグラムだったとおもいます。やいまでもあるセブン・スター15ミリグラム280円となりました。)を当時吸っていた私はやはり、知人たち同様に物足りなさを感じたものでした。 さて、このパーラメント・ライトを吸って、驚いたのは味が昔吸っていたケントFKと味がそっくりなことでした。フィリップ・モリス社特有の味のスタイルは、ある程度ありますが、フルーティーともいえる爽やかな後味が、ブラウン&ウィリアムソン社の味の良かった頃のケントFKやケントFSK の味が、再現されていたのでした。この味を求めて、ケント FK を昔吸っていたのでした。

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2005年10月30日 (日)

JTの紙巻煙草

ちょっと趣向をかえて紙巻煙草の日記を書きます。 JTの方針のパッケージも変わった。 Mild Seven Prime方向性から、方針が変わった。煙草臭くない。香りの良い煙草である。当然、味も変わった。 かつて、十年くらいまえに、MILD SEVENが、なくなり、新パッケージになったがSeven Starsができたのが、マイルド系列の最初で、その当時の、一番の売れ筋だった。その後、マイルド セブンが、一番の売れ筋になった。あの、金と銀の星をあしらった、デザインである。それもなくなり、マイルド セブン ライトの登場で、これが、一番の売れ筋になる。次が、マイルド セブン スーパー ライトが、一番の売れ筋となった。時代は、タール ニコチン量の少ない、方向性だった。当然、味も変わった。旧パッケージのマイルド セブン スーパー ライトは、言ってみれば、フィリップ モリスと同じ味だった。今後、マイルド系列は、マイルド セブン プライムを味の、中心として、新しい、マイルド系列の味になるだろう。 そして、現在、2004年5月、パッケージ変更となり、JTの方向性は、変わった。2004年5月11日パッケージが変わっても、マイルド・セブン・ライトを吸い続けていたが、マイルド・セブン・プライムの味、香りになった。数ヶ月たつうちに、また、味、香り共に変わってしまった。このままでは、マイルド・セブン・ライトを吸っている意味がなく、古くから馴染みのラーク・マイルドに切り替えた。ラーク・マイルドは、チャコール・フィルターになってしまったが、本来の味にそれほどの変化はなく、今のところこれにしている。今から、約二十年ほど前、ラークは、登場した。その当時の高級煙草であったが、日本人の中には、日本人向きではないと、味、香り共に好き嫌いの別れる煙草だった。そのラークの赤いパッケージは、新しく、高いにもかかわらず良く売れた。今のマルボロのように。ラークはフィリップ・モリスだったが、ラーク・マイルドが売り出された。これも、ファションだったのか、今のマルボロ・ライトをファッション感覚で吸うスタイルを踏襲したものだと言えると思う。マルボロの赤、すなわち、ライトではないものは、ニコチン、タール量は多いが、味のある個性のある煙草で私は好きだ。ラークが出た当時、日本専売公社、現から、キャビンが売り出された。これは、多分にラークを意識したものに違いはない。赤いパッケージで、ラークの味とは違うが、共に重厚な味であった。その当時の売れ筋だったマイルド・セブンより高く、今でもの一般の煙草より高い。キャビンは、人気を呼び、その後、キャビン・マイルドが発売され、こちらが売れ筋になった。今、現在はパッケージも変わり、味も変わってしまった。私も一時期、キャビン・マイルドをベースの煙草としていたが、煙草の葉に、工業用に使われたジエチレングリコールが、味の補正のために、甘味を増すために使われていることがニュースとなる。そのために,キャビン・マイルドをやめ他の煙草にした。その当時、ドイツワインのモーゼルにもジエチレングリコールが使われていたことが公になり、一騒動となった。どの煙草にしろ、発売当初の味を守り続けている、煙草は少なくなってしまった。私の煙草履歴のなかで、一番長く吸っていた、紙巻煙草は、ソフト・バッケージのケントFKである。アメリカの煙草訴訟問題でよく話題になった煙草である。あの独特のフィルターが、肺癌を引き起こしたと訴訟されたのだ。でも、おいしい煙草だったのは事実だ。やはり、この煙草も最初の味を保つことは出来ず、何度か味が変わったものであった。ワン・カートンで買っていたが、味は変わり、また別の煙草を探さねばならなくなった。煙草には、煙草会社の切り替え時があるようで、(煙草屋さんの主人の言)それを契機に味が変わってしまう。今、私は、カートンで買うことは絶対にしない。カートンで買って、味が変わってしまった例は数え切れない。まずい味になってしまった煙草を十箱吸うのには我慢がならない。いっそ、捨ててしまおうとも思ったことは、数知れない。だから、私はベースの煙草で、定番とは言え、カートンでは絶対に買わない。ケントFKの味が変わってしまったとき、煙草会社に電話を掛けて文句を言ったが、広報室の者は、そういうことはありません、の一点張りだった。もそうだが、味と香りについては、企業秘密であって、絶対に明かさないのである。同じ煙草を吸い続けている人は、味が変わっても我慢して吸い続けているのが、現状なのである。煙草会社は、同じ煙草の元の味を維持している会社などないといってしまってよいだろう。それは、葉巻(シガー)に対しても同じで、売り出し当時は、美味い葉巻なのだが、数ヶ月たつうちに、変わってしまうのである。もっとも、顕著な例で、私が体験したものでは、ダンヒル・ミニチュア・シガーだった。シガリロだったが、十本入、千円だった。出た当時はこんなに美味しい葉巻はなかったのだが、(どの人に勧めても美味しいと言った)数ヶ月で味は変わってしまったのだった。今でもそれは売っているのだが、もう買う気がしない。コイバもそうだった。葉巻専門のメーカーが、紙巻を出したと言うことで、ある知人が買ったのだが、葉巻の葉を使ったその煙草は美味しい葉巻そのものだった。でも数ヶ月すると、もう元の味とは異なった味に変貌していたのだった。二十年以上前から、葉巻、バイプ煙草、紙巻煙草、嗅ぎ煙草などためしてきた。前は、個性的なおもしろい煙草が、数多くあったが、今ではなくなってしまった銘柄は数え切れない。そして、同じ銘柄でありながら、昔の味を維持している煙草は、皆無と言ってしまってよいかもしれない 私が、日本の煙草で一番美味いと言い得る煙草がある。缶ピースである。今では、両切りの煙草で、JTのものは、ゴールデン・バットとしんせいとショート・ピースだけである。それぞれに味わいがあり、古き良き日本の煙草である。ピースは、昔から、フイルター付きのロング・ピースもある。ショート・ピースは10本入、1箱のものが、変わらずにあるが、缶ピースは50本入のものである。あの缶を開けるときの香りはたまらない。昔の知人で韓国の人で、こんな美味しい煙草は、世界中探してもない。と言った人がいた。 ロング・ピースにしろショート・ピースにしろ吸っているとその独特の香りに気づかない人はあるまい。ニコチン・タール量共に、日本の紙巻煙草では、一番強いものである。でも美味い。類似品で、ピース・ライトや前は、ピース・ミディアムもあった。でも、缶ピースの美味さといったらない。私の伯父は、ピースをよく吸っていた。間違いなく、日本の紙巻煙草の最高峰は、味、香りともに缶ピースといって過言ではない。 2004年12月16日 追記ラーク・マイルドをやめてから、色々な煙草を試して、ベースの紙巻煙草を決めようとしたが、定まらなかった。マイルド・セブン・プライムにしようか、マルボロにしようか、迷ったが、結局、マイルド・セブン・スーパー・ライトに落ち着いた。この煙草は、以前からの売れ筋であり、そう簡単に味が変わらないことを、見込んだ上での決定である。味は、旧バッケージとは、違い、バニラ感覚の柔らかい煙草だ。前の、旧パッケージのスーパー・ライトと味が違っていることも、決めた要因である。旧パッケージのマイルド・セブン・ライトは、明確な味がなく、酒や食事の味を壊さない点が、気に入っていた理由である。新パッケージのマイルド・セブン・スーパー・ライトもそこが、似ている。ニコチン、タール量共に、ライトより、低いことが、体のためにもなると思い、今は、これにしているJTと言えども、マイルド・セブン・スーパー・ライトは、かつての売れ筋であり、今のところは、簡単に味、香り共に、変更しないだろう、と言う理由もある。そこで、当分の間は、マイルド・セブン・スーパー・ライトをカートンで買うことにしたのであるでも、あと1年位したら、味、香りともに変わってしまうことも考えられる。1カートン買って、裏切られる可能性も否定できない 2005年3月3日 マイルドセブンスーパーライトを1カートン買った。柔らかい、バニラのやさしい味だったものが、少し固めの味となっていた。コンビニで、新しい箱から、店員が出してきたものだから、今の一番新しい製造のマイルドセブンスーパーライトである。まだ、販売機の古い製造のこの煙草は、前の味だろうが、あと1、2ヶ月で、この新しい味の変わったものが出回り、この新しい製造の味に全部なる。もうJT側の切り替え時なのか。 2005年5月1日追記この味の変わってしまったマイルドセブンスーパーライトは、喉に違和感を起こさせるやたらと喉が、イガイガして、吸いきれない。吸っていると、咳や痰がやたらと出る。2005年5月2日追記 いまだに、ベースの紙巻煙草が決まらない。ロングピースは美味いが、味の主張が強く、酒や料理の味を壊してしまう。マイルドセブンプライムもどうようなものだ。プライムは、いまだかつてこのような味香りとも、まったくなかった、稀有な煙草であるが、吸い過ぎる傾向がある。また、ピース同様に香りで、周りの人に、あの煙草を吸っていますよと言っているのと同じである。マルボロにしても、ライトなど吸うんだったら、ボックスよりソフト・パッケージの赤のマルボロを吸うほうが、数倍美味い。メンソールの煙草は性に合わない。新発売のフィリップモリスライトは、10年前と同じ味で、新味が全くないやはり、酒と料理の味を壊さない、主張の強い味ではなく、霞を吸っているような、煙草といえば、マイルド・セブン系列の紙巻煙草にするほうがよいのではないか。と考えているところだ。 追記 いまのところ、マイルドセブンライトにして、数ヶ月になる。前述のように、霞を吸っているような煙草を求めているわけで、今現在この煙草は、どういうわけかピースのような後味がする。今日カートンで、同煙草を買ったが、はたして、また味が変わってしまっている可能性があるような気がしている。 そこで買った煙草屋で、ランバージャックⅡが、あったので試しに買ってみた。販売元は、日本たばこアイメックスとある20本入り320円だが、これだけよく味が変わるものだとつくづく思った。まだ、10本入りで、自動販売機で買っていた頃のシガーとしての味わいはなく、少し酸味のある、また軽くで、出ていた頃の、割と葉巻らしかったランバージャックとは、全く変わってしまった。どちらかといえば、キースの類のようなものでもう葉巻としての味は、半減した。パッケージも前は20本入りのものと味は全く変わらなかったが、この新パッケージのランバージャックⅡは、味は、前に比べて格段に落ちる2005/10/05 今のJTの紙巻煙草は、主張のない煙草ばかりとなってしまった。同じ銘柄でも、前に発売されていた頃とは、まず味が違う。 系列としては、マイルドセブン系統、ハイライトとホープ系統、キャスター系統、キャビン系統、ピース系統、フロンティア系統、そしてJTご自慢のマイルドセブンプライム系統(ルーシアも含む)に大別される。昔からある、フィルターつきのエコー、わかばそれに両切りのしんせい、ゴールデンバット、ショート・ピースは、残している。チェリーは、これは味としては珍しい昔からある煙草。ともかく、すべての系統は、昔から味は覚えているので、タール・ニコチン量の違いによるそれぞれの系列の味は、ほとんど察しがつく。そして、ほとんどの煙草は、さほど基本的な味は変わらないので、吸い尽くしたと私は思う。パッケージの変わったものは、すべて昔の味は維持していない。同じパッケージのものでも、数ヶ月で味の変わるものもある。要するに、JTの煙草自身、面白い煙草は私にとってはない。JTのブレンダーは、なにをやっているのか。マイルドセブンライトのワンカートン買いはやめた。味を試すために、ボックスのマイルド・セブンライト300円のものやら、マルボロライトやらとにかく、ましな味を求めて何箱も種々買って吸っても、どれも同じようなもので、一箱300円であろうと味が良ければ、ベースの煙草を決めたいのだが、決まらない。昔と同じ味を維持しているのなら、吸う気にもなるが、すべてパッケージ変更のものは、味は維持していない。新発売のHなど、よくこんな主張のない、まずい煙草を作ったものだと思う。JT側としては、プライムやルーシア系統の味を前面に押し出そうとしているのだろうことは分かる。逆に、タール・ニコチン量の多いハイライトかエコーあたりを吸うのも一興かとも考える。JTの同じ煙草が、少なくとも1、2年で良いから、同じ味を維持してくれれば、その1年でもベースの紙巻煙草は替えずに済むのに、なんと言う有様だ。本当に味に個性がある煙草、面白い煙草など現時点ではない。JTは味、香りに責任を持って欲しいものだ。

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