カテゴリー「人生」の18件の記事

2015年1月17日 (土)

金と名誉と権力~政治家 故田中角栄元首相の最期~

世の中には、金と名誉と権力と三つある。三つはそれぞれ一つずつ持つ成功者はいる。第一に金を持つことは、事業なりが成功すればホリエモンのように、金だけは持つことはできる。この三つは分散されなければならず、普通は、一つだけしか持てないのが世の習いである。

名誉は、例えば皇族のように名誉はあっても、権力はない。皇族の生活は質素なものであるが、名誉を重んじるための一般人以上の予算はある。が、一般人の金持ちのような贅沢な暮らしはできない。文化勲章をもらえば名誉は手にすることはできるだろうが、権力は持たない。

権力は、政界では首相になることやその影響力であろうし、会社にあってはその肩書きなり、部下を持つことが、権力を握ることとなるだろうが、明治時代の政治家というものは、金がなく、政治のために全財産をつぎ込むために名誉や権力があっても金がない場合が多かった。この三つを持つことは、まず難しい。この三つを一人の者が独占すると、日本では独裁者のようなものとも言える。

かつての故田中角栄元首相のように、今太閤といわれ、この三つを手にしたこともあったが、晩年は裁判とみづからの病気で、言葉も不自由であった最晩年である。結局ロッキード事件により名誉は、恥ずべきものとなった。

だから、金と名誉と権力は、分散されるようにできている。

政界というところは恐ろしい世界であって、一寸先は闇である。かつて田中角栄元首相の影響力が絶大だった頃、その当時の中川一郎代議士は、総裁選に出馬したことで、田中氏の不興を買い、ゴルフの場で、ちょっと出過ぎた者がいるという意を言われ、もう政界では生きていけないと思い首を吊った。その北海のヒグマと呼ばれた彼の秘書だったのが、ムネオ・ハウスの鈴木宗男代議士で、その息子が、故元中川経済産業相である。政界というのは、恐ろしい世界である。

芸能界も異質なもので、売れた物勝ちでもあるが、売るプロモーションという戦略もなければ売れない。でも何が売れるかも分らず、何が人気が出るかは分らない。少し前まで流行っていた芸能人でも、飽きられれば終わりかもしれない。芸能界では、倖田來未のように、どういうわけか「エロかっこいい」という言葉が、流行るほどに何が、当たるかわからない。

この世界も一般人の住む世界ではない。人生エロエロではない。人生いろいろである。

こうした政治家や芸能人は、別として、一般人の成功とは、前述した家庭的成功と老後の経済的成功とがあるだろう。要するに愛情と金銭である。それが、ほどほどにあれば、成功者といってよい。

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2013年6月21日 (金)

「ライフ・ワークの見つけ方」と言う本とレオナルド・ダ・ヴィンチ~現在の仕事~

昔、高校生のときに、日本能率協会の「ライフ・ワークの見つけ方」と言う本を読み、感銘を受けた。著者は、会社に入社して、ある一部門である程度のことが、達成できたら、他の部署も、経験したいとの希望を会社側に提示して、他の部門に行くように、人事を考えてもらう。そこで、また達成できたら、違う部門へと部署を変わり、どんどん他の部門に行きすべての部門を達成したら、今度は、国際的な仕事へと、移っていくように自分を啓発し、自分を、いろいろと試し、向上させていくと言う、人生の仕事の達成の仕方を説いていた。

 

私は、この本に感銘を受けた。自分もそのようにありたいものだと高校生時代に思ったものだ。

 

イタリアのルネサンス時代の画家であり、医学研究、兵器製造、科学者であり、イタリアのミラノ大公やフランスの国王アンリ4世に仕え、これは本当かどうかはわからないが、国王フランソワ1世に死の間際まで、レオナルドを抱いて、死を看取ったとも言われている。

 

レオナルドは、画家としてもう、名を成し、それだけで生きていけるのに、多くのものに関心があり、その分野で、ある程度の成果を得ると次の研究へと進んでいく。多くの向上心とともに、多くの分野に対する、好奇心から、多くの分野における、スペシャリストであり、その存在は、画家としての名声と同時に各分野における、多くの研究の成果は、驚きに値する。

 

ところで、今の世の中はどうだろう。

 

大体、会社に入って、例えば、経理部に配属されたら、その専門分野だけには、完全に強くならなければならないから、多くの勉強は必要だ。でも、前述の「ライフ・ワークの見つけ方」のようにこの部署にいたから、次の部署と言うようにはいかないのが、現在である。

実際に、経理と言っても、税法上や決算など、かなり専門化して、深く勉強しないと、仕事が成り立たない。

つまりは、経理と言ったらその専門性を問われるわけで、一生経理の道を進まないとその専門性がないと、仕事にはならないのが、現在なのである。

 

「ライフ・ワークの見つけ方」のように、まずは、営業部に所属して、経理部に行き、総務部に行き、製造ラインを体験してと言うようなことは、現在ではできないだろう。

その一つの分野を極めなければ、またその一つの分野だけで、一生、仕事をしないとその専門性が問われるからである。

 

この現在の日本では、この仕事もしたい、これがある程度わかったら、他の仕事に移るなどと言うようなことはできないのである。それが、自分の好きな仕事ならよい。一生、その仕事を続ければ、自己実現になる。

 

でも、経理部に所属したら、そこで、一生、働かざるを得ないのが現状で、その専門性を深めていかなければ仕事にならないから、そこで、一生、深く仕事をして終わってしまう。

 

前述のように、他の部署に、変えてくれと言ったところで、経理部で使えなければ、リストラになってしまう。

営業も総務も経理も製造ラインもと言うようには行かないようにできている。

その一つの仕事をいかに深めるか専門性を持ち、その専門性の分業によって、今の社会は成り立っている。

 

だから、一つの仕事しか選べないし、全く違う職種に就くことも、若いうちならできるかもしれないが、まずムリだと言うのが、結論で、一つの仕事を武器に転職と言っても、厳しい状況である。

 

レオナルドのような、天才でも様々なことへの研究・仕事に打ち込むことができるような社会ではないと言うのが、現在の日本の現状である。

 

当然、経験不問で、新しい仕事を探すことは無理だし、北欧のフィンランドのように、今はある仕事をしていても、次は、研究をしたいといった転職ができると言った、職業選びができる国があるが、現在の日本では無理だ。

 

一生、同じ仕事しか知らず、他の事は何も知らず、がむしゃらに一つの仕事に打ち込み、定年退職を迎えると言うのが、日本の構図である。

それも立派なことではあるが。

 

でも、何も、職業選択の自由などない。他の仕事に就きたいといっても、そんなことは無理なのである。

 

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2012年12月 9日 (日)

親への経済的依存とその子供の経済的独立

テレビで、中国では、一人っ子政策のため、その親に経済的に依存し、経済的独立をする子供が少ないらしい。

EUで問題になっている、フランスやドイツも失業率が高く、若者の失業率も高い。

世界の比較的、先進国である、イタリア、ギリシャの国債の格付けも下がった。

アメリカでも、ウォール街を見るまでもなく、国民の1%の富裕層が、99%の貧困層を搾取していると言って、大きなデモがあった。

若者の仕事がない。正社員の口などないから、パート・アルバイトに甘んじている。親と同居せざるを得ず、各種保険もないから、やっと生きていられるのである。

昔は、日本でも、大学や高校果ては、中学卒でも、金の卵と呼ばれ、苦しい仕事であっても、東京で暮らしていくことは出来た。

昔、東京で結婚した、地方出身の夫婦など、四畳半に食卓にみかん箱を使って、結婚生活を始めた人もいる。家は借りられたから、ホーム・レスではない。立派な夫婦である。

というのも、朝鮮戦争の軍需景気や種々の神武景気など多くの好況があり、高度経済成長の時代を経て、あっという間に、日本も先進国の仲間入りとなる。

あの時は、池田首相の、所得倍増計画による政策があり、実際に、ある程度のインフレにはなったが、毎年毎年、給料はあがり、その当時の働く世代は、どんどん暮らしが豊かになっていったのは本当なのである。

その当時は、仕事もあり、どんな仕事でも、ある程度、三食食べて、住み込みでも寝るところくらいはあった。

社会保険もあったし、中には、地方の東京への出稼ぎに来た人でも、もう夏は働かなくとも失業保険をもらうのも当然であった、役所も金があったのである。

実際に、今、酷すぎる不況の中、まだ家を借りることが出来るならば、会社は社会保険のある正社員として雇うなら、一人でも生きていける。

よくこう言う人がいる。経済的自立が、一番大切だ。働け!

働く場所は若者にも、中高年でもない。正社員の口などない、だから、アルバイトとして、安い賃金で企業にこき使われ、社会保険もないし、住むところもないから、ネット・カフェ難民となる。

40,50で、正社員であった妻子もち、家のローン、車もちのひとが、ここで、家と車を手放し、離婚せざるを得ない状況、すなわち企業側のリストラである。

 

親の庇護など受けられない、母子家庭もある。企業戦士は、早死にするのだ。

今、60人に一人の人が、生活保護を貰っている。どこも、体に病気もなく、働ける体も持っていても。また、生活保護がなければ、職がないのだから、仕方もない。

ある居酒屋で、働いている若いウェイターやウェイトレスがいる。割と見目もよく、てきぱき働く。

ちょっと私語をしているのを、悪いが聞いてみると、国民年金は、この給料では、払えないんだよねと言っている。要するにこの職場では、厚生年金など各種保険もないのである。

国民年金の基礎部分まで、国では全額払わない。

国民年金税と役所では呼んでいる。これは税金で、払わなければ違法だが、罰則はないから、皆は、払わない。基礎年金部分だけで、生きていけるわけがない。

今年も、大卒でも10%くらいの人は、正社員になれない。高校卒でも同じである。

最初のスタート地点から、もうワーキング・プアになるのである。

国も何もしてくれないのは、この日本では、自明のことである。

貧富の差はますます、広がり、親から子への貧困の連鎖は、続くのである。

子供の経済的自立など、学校を卒業した時点で、不可能なのである。

正直者は馬鹿を見る国がこの日本であって、政府の無策のまま、このままなら数年で国がつぶれる。

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老害

これは、よく会社のワンマン社長に言えることが多い。かつての、ダイエーグループの故中内オーナーなどその典型である。自分におもねることを言うものだけを、重用する。会社の良かれと思って発言するものを退け、イエス・マンだけで、まとまる。若いときは良いのである。そして、いつまでも若いと思っている社長の若いときは、会社も上手くいく。でも、70くらいになってくると自分自身は若いと思っていても、社会や若い有能な社員の言う良いことを聞かなくなってくる。
 老化というものはくるもので、どんな社長でも、いつまでも自分の判断が正しいとは言えなくなってくることに、自分は気づかないのである。頑固になってきて人の話を聞かなくなる。
 ワンマン社長は、大概自分の後継者というものを、しっかり作るが、それもイエス・マンであれば、その会社は傾く。大概は、死ぬまで自分が社長であって、後継者など作らないで、第一線にいたいと考える。もう聞く耳をもたないから、どうしようもない。
 でも立派な人は、自分の老いも見つめながら、人を育てていくことをして、そして後継者をたくさん育てていくのである。
元首相の中曽根氏は、後進をうまく育てるために、自分ばかり、発言せずに、わざと若い人に発言させたりして、自然に、その人に気づかせ、勉強させ後進を育てて、時には、発言をする。でも、表に出ずに、後輩に勉強させる雰囲気を分からせていく。
 そして、引き際というものを知っているのが、立派な人である。
ところでそうではない、ワンマン社長が、自分の老いを感じるときが、来るがもう遅いのであって、真剣に後継者を作らないで、第一線にいるつもりになっていても、もう会社自体が、硬直化しているのである。自分ひとりなら良いが、したには何千人何万人という、従業員がいるのである。
そうした人が、路頭に迷うのである。急死したら、もう終わりである。その前に、後継者を躍起になって作ろうとしても、猜疑心が湧いてきたり、判断力も若いときほど無いし、社会がもう若いころのようになっていないこともわからない。
社会というものは変わるものである。若いころの常識が、もう通用しない社会になっている。もう対応もできないのである。もう、焦っても仕方が無く、どうにも身動きがとれず、弱気になると、政治家の故橋元氏のように急逝することもある。まだ、自分自身が若いと思っているときは、生きているが、急に張りがなくなり、老いを意識すると、弱気になって、判断力はますます鈍る。自分自身が、もうだめだと思ったら終わりで、中内氏も大学を作って学長に、逃げたがもう故人である。惨めな老後である。 
そのうちにお迎えがきたらその会社はもう終わりである。
大概、会社というもの、新入社員から入って、新しいことを知っている若い人をとり、少しずつ教えて、パソコンなどをやらせる上司がいて、育っていく。だから、管理職になるまで、下積みはあっても、自由にやらせてくれれば、有能ならば後継が育っていく。
人は大事に上手く使わないと、人は育たない。取締役でも、もうパソコンは使えなくても、そういうことをやってくれる部下を育てたから、経営判断さえしっかりしていれば、細かい作業は、下司を育てたから、やってくれる。そうして、会社というものは存続していくのである。
今は、企業が、人を大切にしない。ということは会社のために、働こうという気を起こさせない人を作る。こういう風潮が、続くと、日本の未来は危うい。
だから、有能な人しか採用しない。そういう人は実力があっても、後進を育てずに自分ひとりで何でもできる。よって、後進が育たずその人がいないと会社が成り立たない。過労死したら、どうするのだろうか。辞めたらどうするのだろうか。が、それが現実であって、本当に厳しいものである。
個人的にやっている、職人や商店などならよいが、上に立つ人というものは、後継を育てるということは難しいものである。

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35歳結婚できない理由

 NHKによる取材番組で、35歳で妻子をもたない理由がわかる。仕事をなくす不安、なくしたら再就職できない、収入が少なく、実質的に妻子を経済的に養えない不安、よって子供を養えないことによって子供をつくらない。
 もし一流企業のトップ営業マンである、高学歴、高収入であって、妻子は養えてもサービス残業で朝9時から夜9時までの12時間労働と決まっている。そのうちに、体を壊す。
 企業は、昔は人を大切にしたから良い人材が育つから、会社の技術は上がったし、新しい活力に満ちていた。今は、コストを減らすために他の有能な人を引っ張ってくるから社内に育たない。
 ヘンな例だが、ジャイアンツと同じで生え抜きを育てず助っ人では人材が育たない。使ってくれないから、2軍の選手だって育たないのは同じである。
 どちらにせよ、実務や実績は、自分で勉強しろということで派遣村に避難する、千円しか持ってない人に職業訓練校や専門学校に通うカネなどない。
 持っていて資格が取れても実務がなければ仕事もないかもしれない。
企業にそれができないなら、職業訓練教育は国がやれとテレビではいう。
そうすることへの補助金が、400億円でも、就職できたなら、国の補助金は、税金として帰ってくるから、その方が得である。生活保護を貰うより、就職できた方が,人もいいし国にも良いとの試算である。
このままでは、会社員は別として、国民年金も国保も払えない人がいるのだから老人になったときに皆生活保護を申請するならば、すべてに社会保険制度は、破綻する。
これは、意味的には違うが、英国病とは違っても国としての日本病という体質を変えなければ、もう10年後には、日本はなくなっている。

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2012年11月29日 (木)

マクドナルドスマイルと仕事と職人

実際に、たとえば、マクドナルドの店員は、別に、うれしいわけでもないのに、いつでもにこやかである。これは、マニュアルどおりに、サービス業として、にこやかに、仕事をすることで、客へのサーヴィス的なものでもある。

 だから、にこやかだから、優しい人なのかと言ったらそうでない場合も多い。

 一般の仕事でも、営業やそうした接客をする仕事など、しかめっ面では、仕事ができないので、にこやかに振舞うのは、仕事を円滑に進め、客にも良い印象を持ってもらい、気持ちよく商談をまとめるためでもある。

当然のこと、仕事の世界では、顔で笑って心で泣いてなどというが、それを身に着けないと、接客業は難しい。頭では分かったつもりでいても、なかなか難しいものでもあるが、仕事上必要なことでもある。

 たとえば、介護の仕事もそうで、うれしくなくともいつでもにこやかか、暗い顔をして仕事をしてはいけない。これも、一つには、サーヴィス業でもあって、利用者のスムースな介護のためにも、笑顔でいなくてはならない。

 マクドナルド同様、いつも笑顔だから、優しいいい人なのだと言うとは限らない。

 実際は、この世界も、マクドナルド・スマイルであって、そんなに、まず、いい人なんていないものである。要するに仕事を円滑に進めるための、笑顔であって、それを学ばなければ、サーヴィス業は、巧くいかないと言うことである。

 一方で、いつでも、不機嫌と這い得ないが、それほど、笑顔を必要としない仕事もある。

 職人の仕事である。この道は、技術職でもあるが、若いときから、少しずつ、仕事を覚えていき時には、この馬鹿野郎と、怒鳴られることもかつてはあっても不思議ではない。

 この世界は、仕事ができればいいので、そのための技術を得るための苦労は、並大抵ではないが、こつこつと、仕事を真面目にこなしていくわけだから、笑顔を取り立てて、作ることもない。

できた仕事が、よければそれでよいからである。

 植木職人や建設業などもそうであるし、一般の理系の技術者や経理なども、もくもくと仕事をしていても、誰にも文句は言われない。そのやった結果の仕事が問われるからである。

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2012年11月25日 (日)

何でおまえは働かないんだ

若い人で、働けない人がいる。実際に、働ける身体は持っていても、精神的に弱く、仕事ができない若者が多いともいう。

 また、働いていても、三人に一人は、非正規雇用であって、社会保険が、何もない人もいる。働いていても、アルバイトかパートであって、ネット・カフェ難民予備軍である。厚生年金もないから、老後はない。

 いくら歳をとっても、アルバイトを続けなければならない。ワーキング・プアである。

 正社員などと言うものは、今の世の中、探したって職はない。

 では、正社員はよいかと言うと、会社で、いいように使われて、毎日、帰りは、夜の11時である。

20代、30代で、その会社の仕事を覚えて、会社にとって、人事部にとって、使える人なら、とことんまで、仕事をさせる。休みはないし、休日出勤も当たり前であって、公務員のように、休日の出勤手当などない。サーヴィス残業は、当たり前であることは、ハローワークの職員も認めている。

 厚生労働省は、労働基準法違反であっても、認めるのである。

 独身者で、貯金もあり、転職なり、離職したくとも、会社が認めず、辞めるなら、会社側が、その人を訴えるという、脅しで、辞めさせない。

 超過勤務でも手当もなく、過労死が待っている。

 知っている人で、結婚し、子供が生まれたとたんに、転勤である。

普通、昔ならば、子供が生まれたとたんに、転勤では、子供も夫婦もかわいそうだと思うのが普通。

 引越しである。

 会社は、社員のことは考えない。

 会社は、人を大事にしないのが、当たり前の世の中となった。

 当然、経団連では、正社員を守ろうと言うが、その下で働かせる、パートとアルバイトには、社会保険を与えるのは、企業にとって、負担であるので、社会保険は与えないようにしようと演説をしている会長のニュースを最近見た。

 正社員は、地獄だが、カネはある。非正規雇用も地獄だが、カネも社会保険もない。

 失業者も地獄だ。カネはない。だから、正社員にはなれず、非正規雇用となる。老後はない。

 ゴールデン・ウィーク中に、観光バスの事故が、多い。多分に、ほとんど休みもなく、働きづめに働かされる、正社員のバス運転手が、事故を起こすのだろう。

 正社員ならば、血反吐を吐くくらい、働くのは当たり前だと会社側は言うし、家族のためには、この仕事を続けなければならないならば、突っ込んで、死んだほうが楽だと思うかもしれない。

 家族を扶養するためには、過労死するまで、働くのである。

 仕事をするということは、一体何のためにここまで会社のために働くことが、意味を成すことになるのだろう。

 俺は家族のためにまたは会社のために、こんなに働いたまたは、働いている。

 その気持ちは、分からないでもない。

 だから、何で、働かない人におまえは働かないんだと怒るのである。

 仕事を探してもない人、アルバイトにも採用されない事実。

 精神的にも、肉体的にも、限界である正社員。

 でも、働かざるを得ない。

 何のために働いているの。何のために仕事をするの。

 正社員も人間としての尊厳などない。明日、過労死するのも時間の問題。

 現在は正社員であっても、明日リストラされれば、失業者。

 のうのうと生きる、1%の金持ちたちのために、我々は働かされて税金を払っている。

 我々の税金で、食っている者たちのために、我々は働いて、税金を払うために仕事をしている。

 家事労働はカネにはならないが、なくてはならない仕事でもある。

 他人に頼むのなら、カネがいる。

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2012年10月 6日 (土)

いまどきの結婚

 

今、男性も女性も独身のアラサー、アラフォー同様、結婚しない人が増えている。

 

 今の時代は、結婚は全てではないということでもある。

 

 女性でも、役付きの会社員で、仕事一筋という人もいる。

 

 そういう女性は、ほとんど月手取り20万近く、もらっている。中には、親から仕送りしてもらっている例もあり、悠々自適の生活の人もいる。週に一度は、友達とおいしい料理屋へ行く楽しみもある。

 

 そうなると、無理して結婚しなくてもよいと割り切るひともいる。

 

どうしても、結婚して子供が欲しいという、希望があるという人もいるが、これは縁の問題でもあり、必ずしも子供を持った方が勝ち組とも言えない。

 

 世の女性、特に女性会社員である人が持つ希望で、多いのは、収入のよい夫と結婚し、専業主婦になることだという。

 

 ところが、楽そうに見える専業主婦というものは、大変である。

 

子育て、育児、掃除、洗濯、炊事、全部やらなければならない。ということは、会社員でいるほうが、はるかに楽なのである。

 

 

 

 逆に、結婚というものを計画的に考える人もいる。30前後で、結婚し、この人なら一緒にやって行けるということがわかってから、結婚に踏み切る。この年代は、男性が、稼いで、女性が家事全般をやるのではなく、妻も夫も、家事を分担し、両方とも働く。

 

 妻も乳児期は、子育てをしながら、会社に産休制度があれば、活用し、寿退社はしない。

 

いつ夫が、リストラされるかわからない社会状況であるからである。

 

 夫のほうも、子育てでオムツ替えなどし、子供と積極的に遊ばないと、なつかないし、妻の方に、子供がつくようになってしまうので、よく子供と遊びながら、家事もする。

 

 

 

 はたまた逆に、専業主夫という場合もある。前述の役付きの女性会社員なら、それだけで食べていけるのだから、夫のほうは、子育て、育児、掃除、洗濯、炊事を受け持つ。

 

 実際にそういう夫婦も現実にある。

 

昔のように、夫が稼ぎ、妻が、家の全てを守るという時代は終わった。

 

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2012年9月30日 (日)

~婚活 見合い 結婚~結婚生活の理想

 ブログに載せた、「結婚は人生の墓場である」と言う文章も一面的でもありながら、ネガティヴな内容過ぎるきらいもないが、ある程度真実は含まれている。

 今の70以上の老夫婦は、見合い結婚が多く、まず恋愛結婚と言うことは、あまりなかったように思われる。男性が、働き、女性が、育児、家事全般をこなすと言う、前提がその当時の常識であり、男性は、一生懸命働き、生活費を稼ぎ、女性は育児・家事全般をこなすと言うのが、日本の昔の夫婦の常識であった。

 見合い結婚だから、相手が全て見えないうちに結婚することもある。

 でも「夫婦円満」に書いたように、暮らしているうちに、この人はこんな良いところもあったのかと逆に結婚してから、気付くこともあって、見合い結婚と言う昔の常識も全て、悪いものでもなかったようである。

 相手が、お互い普通の人なら、暮らしているうちにその人の良い面を評価することもあって、見合い結婚は、良い面もあるのである。

 昔の見合い結婚というものは、仲人がいて、大体の二人の人柄や、経済的、社会的なもので、釣り合いそうな二人を見合いさせるので、逆に結婚しても、二人が上手くいくことが多いことがある。

 良きパートナー、つまり人生の伴侶を得ることが、究極的には、結婚の意味だと思う。

 恋愛結婚でも同じであって、本当に惚れあえば、これも素晴らしい出会いとして、愛し合える結婚生活を始めることができる。恋と言うロマンを追って、愛し合い信じあえる人だと確信して結婚するのも、これも幸せなことだ。

今はやりの婚活にしても、自分に合った結婚できる人を探すのは、悪いことではない。むしろ人生の伴侶を探すことは良いことで、経済的にも仕事が順調に行っていて、真面目に考えて伴侶が欲しいならば、納得いくまで、探しても良い。

要は、見合いだろうと恋愛だろうと結婚相談所であろうと、結婚し結婚生活が、上手くいけばよいわけで、相手に最初は、好意を持つのが最初で、それが、愛情となって、結婚生活が、順調に進めばよいのである。

 

どちらにしろ、双方が、相手に好意を持って、結婚するわけだから最初から、上手くいく。

でも、仕事、家事、育児といったものは、ロマンチックだけでは、終わらない。相当な苦労もある。

蜜月時代を経て、出産、育児、教育、躾といったものは、子供が大きくなるにつれロマンだけでは乗り切れない。

双方の相手に好意をもち、愛情を持ち結婚し、そのあとには仕事、家事、子供の教育といったものも、必要だ。

もちろん、蜜月時代は、楽しいしそれで、結婚するのだから、ラブ・ラブ時代もあって、それもよい。

二人で楽しい生活を楽しむ時代もある。

でも、結婚生活と言うものは、このお互いの伴侶は、どちらかが、死ぬまで続く。

こう言うと、若い人は、大変だ、結婚しないと思うか、結婚ってロマンチックじゃないのと言う人もいるかもしれないが、伴侶を得られ、子供も得られ、孫も得られ、皆に囲まれた家庭を持てるということが、幸せなのである。

 並大抵な苦労ではないが、人生と言うものあっという間に過ぎていってしまうもので、無我夢中でそうした様々な苦労もあっという間に過ぎ去ってしまう。

 そして、孫たちに囲まれながら、ああだこうだといっているうちが、一番の幸せなのである。

だからこそ、結婚生活と言うものは、浮き浮きした、新婚時代から、子供が生まれ、教育、社会人となり、結婚し、孫までも見られるまでの何十年という結婚生活と言うものは、大変なことなのである。

 そうした、苦難を乗り越えて、伴侶と人生を生きていき、この人と一緒になって良かったと歳をとって、言えたとしたならば、幸せな結婚、幸せな人生だと言えよう。

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2012年5月12日 (土)

夫婦円満・家庭円満

結婚や結婚生活と言うものは、仕事や家事の苦労またその生まれた子供の愛おしさ、また子供の誕生による育児や教育の大変さと言うものは、口では言えても、実際に結婚した人でなければ分からないのも事実である。
 独身者にとっては、結婚と言うものは、一つの憧れでもあるし、結婚を真面目に捉えている人もいる。
 結婚と言うものは、「縁のもの」ともいう。
 夫婦で、何とか最後までお互いに添い遂げると言う老夫婦を見ていると、面白いことに、妻が苦手なことは、夫が、巧くこなし、また夫が苦手なことは、妻が巧くこなしている例が多い。
 夫婦と言うものは、自分にできないことを、相手がすることによって、また相手ができないことを、自分がやるということでの、一面では、夫婦という、生きていくうえでの、最良のパートナーを見つけるということでもある。
 結婚することによって、相手の不得手であることをある程度補い合う一面もあるし、両方ともの困難に対しては、どう対処するかの、良き相談相手であったり、困難を二人で克服する共同関係であるとも言える。
 些細なことで、けんかすることも、しばしばあって、口をきかないときもあっても、何とか、夫婦生活を続けて行けるのは、お互いのどちらかが、欠けたら日常生活が、困るからでもある。          
またお互いの相手への配慮も必要だと言うことで、ある程度の相手への我慢や思いやりも大切で夫婦生活を続けていくことができるのである。
 何かの縁で、一緒になった、または若いときの熱烈な恋愛の結果で結婚したのだから、気まずいことや生活上の困難が多少あっても、別れることは、簡単にはしないのが、普通の夫婦である。
 一緒に同じ屋根の下に住んでいるうちに、何かの慣れとも言われる、お互いにいることが、何かほっとするような気分になるのも、一緒に長年いることによって生まれる。
 これも相手への愛情と言って過言ではない。そばいいてくれるだけで、なにかの安心感や安堵感が、生まれるようになれば、それもお互いへの立派な愛情である。
 他人であった二人が、自分にとって相手を、相手にとって自分を受け入れることこそが、最終的に一心同体となることが、良き結婚と言うものだろうと思う。
 そうなるまでには、長い月日が、かかるだろう。
 もちろん、ある意味では理想論かもしれないが。
 実際には、「亭主元気で留守がいい」などと言っても、本当にずっといなければ、妻も寂しいし、旦那も、やはりずっと一人では、寂しいだろう。
 実際には、二人でいるときが、なにか落ち着くのであれば、やっぱり別れられない夫婦だろう。
 一緒に生活し、苦労をともにしてきた夫婦であるからこそ、分かる夫婦円満の心情ではないか。
 せっかくゆえあって結婚したのだから、相手への不満が多少あっても、夫婦円満、家庭円満が、なによりである。

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