カテゴリー「音楽」の23件の記事

2017年8月23日 (水)

日本の名曲 人生、歌がある を見て BS朝日~藤山一郎氏の歌唱はSP盤を聴かなければわからない~

藤山一郎氏は戦前から活躍していて、そのSP盤を聴くとその凄さがわかります。

年を取ってからの歌唱もよいかもしれません。

でもSP盤で数々の日本の歌謡曲や日本語によるタンゴの名曲などの録音が多く残されています。

氏は、丘を越えて 酒は涙か溜息か 長崎の鐘 青い山脈 東京ラプソデイ 洒落男 などなど数多くのヒット曲があります。映画の主題歌であることも多いです。

洒落男という歌は、喜劇役者の榎本健一氏通称エノケンによる録音もありますが、このコミック・ソングとも言える歌も録音がありますが、非常に歌唱の技術力のある藤山一郎氏の録音も上手ででコミック・ソングであっても達者な歌い方でその巧みさには、舌を巻きます。

こうした、SP盤をYouTubeでは、公開しています。是非ともステレオ盤の晩年の録音ではなく氏の歌唱力の素晴らしさを知る上でも、どうかSP盤で、聴きたいものです。

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2015年12月22日 (火)

クリスマスにお薦めの音楽や映画

毎年、クリスマスが近くなると、聴く音楽や映画があります。

バロック音楽なら、昔のイ・ムジチ合奏団による、フェリックス・アーヨのヴァイオリンによる録音での、クリスマス協奏曲があります。もう言及したので、ご存知の方も多いと思います。
コレッリの作品6-8とマンフレディーニの作品3-12、LP裏面のトレッリの作品8-6、ロカテッリの作品1-8の録音です。どれも、パストラーレを含む楽章を含む協奏曲や合奏協奏曲です。

ほかには、ウィーン少年合唱団とクリスマスという題のきよしこの夜という録音で、ドイツ語や英語で歌われ、伴奏にピアノや室内管弦楽団を使い録音されています。
皆さんもご存知かもしれませんが、お部屋を飾って、という曲やあら野のはてに、という曲などは、有名です。一度は聴いたことのある音楽かもしれません。
一度、検索してみて、聴いてみるのも一興です。
とっても美しいクリスマス音楽です。
きよしこの夜は、言うまでもなく皆さんもご存知でしょう。

きよしこの夜は、賛美歌では、第一〇九番、あら野のはてには第一〇六番の番号です。
そうした、信仰を持つ方なら、必ず教会で、歌われた方もあると思います。

たいがい、一二月二十四日のクリスマス・イヴの夜には、教会で、クリスマス礼拝が行われます。
洗礼を受けてなくとも、この礼拝には、参加できます。
聖体拝領という、口にキリストからの小さな食べることのできるものを頂くことは、信者でなくてはできませんが、それさえ受けなければ、だれでも参加できます。

私の学校もミッション系の学校だったので、信者ではありませんが、イヴのミサに出たことがあります。讃美歌を歌い、牧師さんのお話しを聞き、最後は、ろうそくを灯し、駅の方までキャンドル・サーヴィスとして、歩いていきます。

パートナーであるひととミサに参加するのもよし、一人で参加して、敬虔な気持ちを持つことも良いと思います。どんな方でも、クリスマスのミサには参加できるので、一度そういう機会を持つこともよいことだと思います。

映画には、1954年のパラマウント映画のホワイト・クリスマスは、これも有名です。
心温まるストーリーで、ビング・クロスビーとダニー・ケイの男性コンビ美しいブロンドのローズマリー・クルーニーや踊りの名手ヴェラ・エレンとダニー・ケイが躍る場面など、楽しい美しい映画です。
一度、観てみるとよいと思います。カップルで見るのもよいでしょう。
恋愛ミュージカルですが、大変によくできた映画です。
最後の雪が降ってくる場面では、なにか、こみ上げてくるものもありましょう。
この映画で、ビングの歌う、ホワイト・クリスマスを知らない方は、いないのではないでしょうか、美しい曲です。

また、ビング・クロスビーですが、1944年の同じくパラマウント映画、我が道を往く、はオマリー神父役で、クロスビーが、登場し、さまざまな、子供たちや昔の恋人のメトロポリタン歌劇場で歌うソプラノ歌手も含み、お話しが進行していき、教会の再建に尽力する、ビングの行動や、ヒューマニズムあふれる映画として、一度ご覧になるのもよいでしょう。
1944年度のアカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、脚本賞、脚色賞、主題歌賞、とその年のアカデミー賞を総なめにした映画です。
モノクロであっても、たいへん感動的な映画です。
その中で、歌われる、子供たちとビングの歌う、星にスウィング、という歌は、面白い曲で、勉強嫌いの子供さんには、一度聴いてみるとよいかもしれません。

数限りなく、クリスマス関連の音楽や映画等あります。
一人で過ごすのもよし、カップルで過ごすもよし、家族のいる方もみんなが集まり、家族との交流を深めるよい機会であるのが、本当のクリスマスです。

Merry Christmas !

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2013年11月23日 (土)

淡谷のり子女史の歌唱力は、戦前のSPレコード録音を聴かなければわからない!

思い出して、また、クラシック音楽から離れます。

ごく若い方はわからないでしょうが、淡谷のり子さんという流行歌を歌う女性歌手がいました。

知っている方は、説教ばかりしている、形態物まねのコロッケが、真似をしていた人との認識がありましょう。

 

ところで、この淡谷女史の歌唱力の確かさと言うものは、戦前の録音を聴かなければわからないと昔このブログでも、取り上げました。

たまたま、ラジオで、SPレコードで、女史の歌唱を聴いたのでした。

驚きました。その完成された、歌唱力そして音程の確かさ並みの歌手ではありません。

 

もちろん、戦後が全くだめだというわけではありません。

戦後も、彼女の歌唱的魅力もあります。

 

別れのブルースやドンニャ・マリキータなどなどSPの多くの録音があり、その伴奏も日本の戦前の中で大変にしっかりしたものです。

 

こうした録音と言うものは,さとちゃんは、もっていないのでYoutubede見て、聴けるのです。こうした一連の録音により、淡谷のり子女史の本当の実力は、実は戦前にありとはっきりと言えるのです。

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2013年4月14日 (日)

題名のない音楽会 2013年4月14日放送 ~クラシックとジャズと演歌とスタンダード・ジャズ・ナンバー 八代亜紀の場合~

正統的なクラシック音楽だけのリスナーなら、演歌歌手の八代亜紀が出てきた時点で、何という邪道だと思うでしょう。
同時に、ジャズだけのリスナーなら、八代亜紀が出てきた段階で、同じように邪道だと言うでしょう。

八代亜紀の声質は、ハスキーで、ジャズ・ナンバーを歌うには好ましいかもしれません。、またアメリカでのネイティブな発音は、難しいかもしれません。

ジャズ作曲家という言葉は、今までの、ジャズの理念から見れば、意味を成しません。
ジャズには、楽譜というものはなく、それぞれの、アーティストによる、即興演奏があるので、楽譜にはなり得ず、その名演奏家と言う、楽譜がない、メロディーだけはあっても、和音進行による、即興やスキャットがあるのが、今までのモダン・ジャズの形であって、ジャズは、楽譜にはできない、その場限りの一回だけの、名演奏が存在するのが、スタジオ録音であっても、本来のジャズのあり方でした。

でも、八代亜紀の歌う日本語の演歌ですが、演歌をジャズ風にアレンジ、作曲と言うより、編曲して、聴いてみると案外、面白い味があります。
となると、カラオケ・演歌の好きな人は、これまた邪道だと言うかもしれません。

でも、演歌をピアノだけの演奏やピアノ・トリオなどのジャズの伴奏で、ジャズ風に歌ってみても、例えば、ピアノとベースとギターでの伴奏の、石川さゆりのCM曲の日本語の「ウィスキーがお好きでしょ」もなかなかの味わいがあります。

今まで、女港町とかそうした演歌をジャズ風にアレンジして、新しいヴァリエーションを作ることも、ポップスの世界では、よくあることです。最初の録音ではなく、アレンジを変え、、その後新しいヴァージョンを作る録音では、また曲も新しい魅力が、増すかもしれません。

クラシック音楽でもジャズでも演歌でももう、どんな音楽の世界でも、作曲や演奏は、もうすでにやりつくしています。
ならば、新しい、音楽を創造して行こうとするなら、ジャンルを超えて、コラボレーションをすると言う演奏もいいのではないかとも思います。

例えば、津軽三味線の兄弟とピアノとサックスとのコラボレーションを聴いても決して陳腐どころか、演奏のテクニックも立派だし、その場限りの一回だけの演奏であっても、いくらかジャズ的な考え方ですが、なかなか面白いものです。

もちろん正統的なクラシック音楽やジャズの演奏だけでも、奥が深くそれだけ聴いていても、演奏解釈や演奏の興味深さというものは当然あります。

でも、前にも書きましたが、今回こうした題名のない音楽会でのように、様々なジャンルの垣根を取り払い、多くのコラボレーションによって、新しい音楽としての創造が、成されるのは、未来の音楽界にとっては、良いことかもしれないし、それが、今までやってきた音楽のジャンルを取り払い、新しい音楽ができていくという、方向性もまた捨てがたいと思います。

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2012年3月30日 (金)

そして~時代~へと 中島みゆきの世界

この中島みゆきというシンガー・ソングライターは、よく「別れ歌」という、ジャンルを作ったと言われます。
 実際に作る曲と言ったら♪~行かないで-~♪と言った文句は多いのですが、この中島みゆきという人それほど、容姿が、悪いわけでもなく、最近の、cmを見るとちょっとかわいげな、まねけっぽいしぐさ、を見ると、とても、振られるばかりの、女性には見えない。
 こういう、女性をいいと見る男性は、少なくないと思います。

私は、この人の歌う、曲を聴いていると、よくできた世界に驚きます。
実際にこの彼女の歌う曲そのもの、一曲、一曲が、それぞれの世界を持っており、それは、一つ一つの人間模様を描いたものであって、一曲をショート・ドラマにもできるほど、内容のあるものです。

ただの振られる女の悲しい歌ではありません。
今まで、暗い歌の代表としてきた彼女の世界は、これから、羽ばたこうとしている人間たちの葛藤であることが分かります。

私は、「時代」という歌詞を見て♪~別れと出会いをくりかえし~♪に全てが現れているのではないかと思うのです。
恋の終着点まで行けば、別れとなるのは道理です。
でも、別れがあれば、出会いがあるというところが、彼女の世界であって、決してネクラな音楽ではないのです。
決して逆ではないのです、出会いがあれば、別れがある。のではなく、別れがあれば、出会いがあるというところが、彼女の逆のプラス思考なのです。

勇気を与えてくれる曲でも、前にNHKのプロジェクトXの主題歌の「地上の星」のように人間の人生を、歌う彼女の世界も垣間見られます。

私は、今まで彼女の世界を、逆に誤解していたような気がします。
こう聴きなおしてみると、この彼女自身の作り出すそれぞれの人間模様の歌の多様さというものは、実に興味深い様々な人の人生のひとこまであること、そしてそれは、一時は、絶望であっても、そこから、明日からは、立ち上がる人間たちへの応援歌なのだと。

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2011年1月23日 (日)

渡辺真知子氏

1970年代半ばから後半にかけて、渡辺真知子をはじめとする、流行歌ではなく、新しい若者の間に、ニュー・ミュージックと呼ばれたジャンルがあった。
 よく思い出せないのだが,男性ミュージシャン三人のシンガー・ソング・ライター、チャーと原田真二ともう一人のミュージシャンの三羽烏だった。
 私の友人で、音楽のわかる友達が、渡辺真知子の迷い道を聴いて、良いといった。クラシック好きだった私と気の合う人だった。私もファンになった。
 中学生時代であるから、渡辺真知子は二十歳前後だったろう。
 その当時、迷い道、かもめが翔んだ日、唇よ 熱く君を語れ等ヒットした。
 確かに、今思うと二十歳前後にここまでの詞が、書けるとは凄いものだ。この人自身は、シンガー・ソング・ライターであって、ニュー・ミュージックとして新しい音楽を作り上げたのである。
 まだ、若いはずだが、結婚していないと思う。
 むかし、NHKの放送で、その当時の歌手、太田裕美とのふたりのビッグショーという,コンサートがあった。録画したが、そのとき、渡辺真知子の声量は変わりなく、ただ、この人自身、太田裕美が言っていたように、ドロドロした恋愛模様を描くことが好きで、どうしても歌いたい歌として、弘田三枝子の人形の家を歌った。
 もう渡辺真知子も若い人には知られておらず、もう懐かしのメロディーとなってしまった感がある。
 二十歳前後でここまで、恋愛模様をファッションではなく、描けるということは、その下地があったのだろうか。今聴くと、横須賀の街を描いたそうしたドブ板通りのことなど、詞に出てくるが,体験で書いたのか,想像力で書いたのか、よく出来た詞と音楽である。
 その後の世界の流行音楽の潮流は、ジャズから発生した、クロス・オーヴァーの方向である。

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2010年5月27日 (木)

作詞家 松本隆の時代は終わった

TVで松任谷由実と松本隆が、対談していた。
 むかしむかし、レコード会社のドル箱であった、松田聖子の歌詞のほとんどは、松本隆であった。今までにない新鮮なファンタジーを語る新しい詞の世界であった。
 と言っても1980年代の話であって、恋愛に少し積極的な、女の子と少し恋愛に引っ込み思案な、男の子の初々しいその当時の思春期の思い出を描き出したものでもある。
 どちらにしろ、むかしむかしの話である。
 松本隆については、今までに無い、斬新性はあっても、今の少年少女が聴いたらきっと笑い出すかもしれない。
 このような、思春期の郷愁はあっても、虚構の幻想の世界でもある。
 今では女の子を口説くのに、緊張する男の子はいない。
 逆に緊張するのは、オタクなのかもしれないし、女の子と話したこともないアキバ族もいるかもしれない。ご主人様と呼ばれたいオタクもいるかもしれないのである。
ともかく、もう現在、50代から60代としての松本隆ワールドは、もう膨大な作品があるが、もう終わっているとも言える。
逆に、今の若者が聴いてなにか、得るところがあるだろうか。
今の若者は、相手を理解するより前に、その第一印象で、もう寝てしまうのである。
1980年代のこの不思議な世界が虚構の世界と呼ぶことが、今現在できると言いうる。
二回ほど、松本隆について、書いた記憶があるが、この松田聖子の松本隆作品を聴くと、1980年代には、斬新であっても、もう今では、むかしむかしの話かもしれない。
郷愁としては、聴くことはできるかもしれない。ただ、松本隆についての評価は、ご自身が言っていたように、未来にどう評価されるかは、膨大な作品群を後生の人がどう評価するのであろうか。

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2009年10月29日 (木)

森高千里の歌詞

 前に確か、吉田拓郎、だったかが、この詞を聞いて自分たちが、何十年かけて作った詞の世界をすべて変えてしまったといっていた。
 ストレス、勉強の歌、わたしがオバさんになっても、などコミック・ソングとも思える詞があっても、その詞は、なるほどと言える詞でもある。
 もっとほかにも、まじめな詞もあるし、1990年代には、大いにはやった。
 容姿もよく、男性のファンも多かったようだ。私はファンではないが。
 もう少女のころから、CMにもでていた。

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明日がある-ウルフルズの歌詞

 「明日がある」という曲の替え歌で、この曲は大ヒットした。もともと、この曲は、故坂本九が歌ったもので、歌詞自体は、昔の少年の中学生か高校生の気になるセーラー服のお下げ髪の女の子に対する憧れや初恋というものを、歌ったものだった。今の時世から見ると、やや古いとも思える歌詞だった。
 その旋律をバックに、ウルフルズは、この曲に違う歌詞をあてて、新しい曲をつくった。
 新しいその曲もヒットしたが、時代は厳しい時代であって、きっと世のサラリーマン達も共感を得られたに違いないと今になって思うのである。ちょうど、日産のリストラのために、フランスのルノー社から、ゴーン社長が送り込まれ、神奈川県の厚木工場は閉鎖。多くのリストラと車種の変更から何から何まで日産を立て直した。他の企業でも、リストラは至上課題で、辞めさせられた社員の分まで、残った社員は、その辞めた社員の仕事もこなさなければならない。
 ウルフルズの「明日がある」がテレビで流れていた頃、そうした苦労をしていた人それは、日本国中の人、皆だったろう。歌詞は、なぜ今こうして働いているのだろう、家族のためか、自分のためか。新しい上司は、フランス人で、ボディ・ランゲージは、通用しないので、もう一度学生時代に習ったフランス語を勉強し直そう。これは、チャンスだ。というもので、フランスから来たゴーン会長が、頭に浮かぶ。とにかく、前向きな姿勢の歌詞ではあるが、なぜ自分がこんなに頑張って仕事をしているのか、自分自身に問うてみても、答えは、風の中にあるだけで、理由など分からない。ただ毎日を忙しく、できる限り生きるしかないということだ。
「あそぼう」という曲は、NHK朝の連続ドラマの主題歌である。ロックであるこの曲も、歌詞を聞いてみると、全くその通りというもので、これを実践したら、きっと若者なら将来成功しそうな気がする。
歌詞は、決して遊んでばかりいるものではない。いろいろ考えながら、一生懸命に自分なりに動いて働いていこうというもので、中年から見ると羨ましいほど、若者にとっては、いい応援歌ではないかと思う。中年から見ても、この歌詞は、よくできている。こんな、若者がいたら実に面白いし、清々しい。

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2009年9月18日 (金)

ビートルズの本当のプロデューサー ジョージ・マーティン

一つお断りしたいのですが,私は,音楽というものを多角的に捉えており,クラシック音楽もアイドル・芸能も音楽も同等に捉えています。
音楽にはかわりがないのですから。
 ただ、本当にクラシック音楽について知りたいならば,僭越ではあれ、クラシックの項目をクリックしていただければよいし,アイドルならば,アイドル芸能を、クリックしていただければよいし,単なる音楽としての歌謡曲などは、音楽の項目をクリックしていただきたいと思っています。それぞれの、分野別の何か、貴重となるようなことが、ご自分にあれば、幸いであります。


では、本題です。
ビートルズの本当の五人目のメンバーこそが、プロデュサーのジョージ・マーティンなのである。
 私自身、もう何世代も後だが、高校時代にビートルズを聴きたいがため、友達に頼んで、いわゆる、赤盤、青盤、白盤や、ビートルズ関連の盤を、古い話だが、カセット・テープにダビングした。当然歌詞カードもコピーして、持っている。私は、青盤のストロベリーフィールズを聴くうちに、音楽としては大変練られたものであり、ペニー・レインなど、トランペットを入れる工夫もしていて、クラシックとロックの融合だと思っていた。
 まだ、中学生の頃の生意気な友達は、歌があり、クラシックの弦楽器、例えば、弦楽四重奏を入れたり、今となっては奇異だが、わざと右と左の録音を分けて録音したことも、ステレオの使い方としてその、ビートルズの手法が、新しく感じられたものだった。
 だからこそ、その友達は、シューベルトにも匹敵するくらいの、クラシック的要素を持っていて、ビートルズだけは只者ではないと言い放っていたのだった。
 でもその助言者として、ビートルズのサウンドについて、大きな影響を与えていたのが、ジョージ・マーティンだったのである。
 ビートルズ自身そうした、クラシックの音楽については、あまり知識はなかったのであろう。マーティンが、そうした面で、クラシック的要素を作っていたのである。
だから、ジョージ・マーティンがいなければそうした、画期的な練られたクラシック的要素のある音楽は作られなかったと思う。
たまたま、ビートルズのLPで育ってきた世代は、何度も複製された、音の悪い、LPで我慢してきたが、CDの時代になって、旧盤といわれるものと、今回のデジタル・リマスタリー盤は、テレビのタモリ倶楽部によって、少々聴いたが、旧盤のCDの音はシャープだし音もいい。新盤の方は,それも、デジタル・リマスタリング技師による一つの主張であって、柔らかい,情報量もある音質である。
どちらもいいとも言い難いし,ただ、LPの時よりは、両者雲泥の差がある音質の良さである。 

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