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2008年10月18日 (土)

貧困  Blog Action Day

貧困と言ったときに、日本ではまた先進国では、さまざまな捉え方をすると思います。
でも、発展途上国や他の国の中で、一番悲しいのは、食べられないと言うことに尽きると思います。アフリカや失業で、三食の食事が取ることもできない。餓死をしても、なんとも思わない政府もあるのはご存知でしょう。
エコ燃料として、車を動かすために、とうもろこしを原料として、加工することにより、アメリカの富裕層はいいでしょうが、中南米では、とうもろこしで、トルティーヤを作って、主食にしているのに、そのとうもろこしの原材料が、高騰したらどうでしょうか。
貧困から来る、学校へ行けない子供たちもかわいそうですが、おなかをすかせた子供たちは、本当にかわいそうです。
日本には、衣食住という言葉があります。
衣は、着るものが充足していること。
食は、食事が充足していること。
住は、寝る場所があること。
この三つを充足すれば、誰でもある程度満足でしょう。その上に、学校へ進学することのための学費や遊興費が足りないと言う、不満は贅沢かもしれません。
日本は豊かな国です。でも、地方から出てきた若者が、首都、東京で携帯で指示され、日雇い労働をして、食うこともやっとで、家など借りることなどできません。
三人に一人の若者がそうした現状であって、これも貧困でしょう。
日本国籍でありながら、そうした青年もいるほど、日本という国は、厳しい国です。
大企業の社員も公務員であれば、そうしたことはなくとも、ある程度ドロップ・アウトした人間は、這い上がることはできないのは、日本の厳しい現状です。
でも、食べることができないと言うことはないのです。
コンビニ弁当でもおにぎりでも買えるから、何らかのアルバイトであれば働くところはあり賃金はもらえます。
市役所に行けば、生活保護などで、ある程度助けてくれるかもしれない。 
ホーム・レスになっても、支援団体があって、まずコンビニなどの賞味期限の来た弁当などを配るなどして、食べることに困ることは、ここ日本に限ってはないかもしれません。
この平和な日本の中で、衣食住だけでも充足して生きられることは、大変に素晴らしいことだと豊かな子供たちや大人にわかって欲しいと思います。
世界には、食さえも充足できない人たちがいっぱいいるのですから。

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