« ベームとカルロス・クライバーという指揮者~その聴衆の熱狂~ | トップページ | ドヴォルザークのスラヴ舞曲の聴き比べ~ターリヒ、アンチェル、ノイマン、クーベリック、マーカルとチェコ・フィル~ »

2018年3月23日 (金)

クラシック音楽とバロック音楽~なぜ古楽はこれほど人気がないのか~

クラシック音楽のコアな趣味の人は、同じ作品を様々な演奏家で聴いて、その違いを楽しむわけですが、どのような解釈を魅せるかを指揮者や演奏家で様々な演奏を聴くのが狙いです。

そのためには、同じ作品であり同じ楽譜でなければいけませんし、新しい楽譜の校訂があればその作品をその新しい楽譜で演奏し録音するのが意義のある行為でもあります。

古くてもいいところでバッハ以降の音楽を聴くことが多いようです。

このように作品自体の楽譜をもとに、多くの演奏家の演奏があり楽譜を逸脱してはなりません。

ですから、すべて同じ作品なので、その楽しみは比較です。

再現芸術とは同じ楽譜を演奏することを前提にしているわけです。この20世紀の時代21世紀の時代それをもとに多くの100年以上昔の古典となった作品の演奏会や録音がされてきました。

ですから、様々な演奏がありますが、もう新しい録音を聴いた耳でも、同じオーケストラの作品でも楽器はほとんど変わっていませんから、1930年代のワインガルトナーのベートーヴェンの交響曲もモノラルではありますが、カルロス・クライバーのベートーヴェンの交響曲とを比較して楽しむこともできるので例えば録音のある限り、古い録音の方が、モノラルであっても良い演奏だということもできますね。

さとちゃんは、バロック音楽も好きですが、ある時スーパーでバロック音楽の古楽器の録音をBGMにしているのを聴きながら買い物をしてみると何か違和感がありました。

それが、モーツァルトの作品で現代楽器での、BGMなら何かしっくりときて高級感が醸し出されたのです。なぜなのかはわかりませんが。

さとちゃんは、バロック音楽が大好きで、古楽器の演奏が好きですが、どういうわけかその場に浮いてしまう。

なぜなのかがわからないのですが、古楽器だと家やコンサートで聴いている分にはいいですが一般の場だと古楽器の音の違和感とバロック音楽との相性が悪いようです。

でももしベートーヴェンの交響曲の運命だったら、これも違和感があるかもしれません。

ということは、作品によるとも言えるかもしれませんが。

バロック音楽はそうした再現芸術とは、根本的に違います。装飾が施せない演奏は、今の研究では、その時代の演奏ではありえませんし、楽譜通りではなく、その場の演奏者の数によって、さまざまに楽器を使っても構いません。ですから、比較の対象には、楽器の数や装飾、リアリゼーションもその場で決めても良い時代でした。

通奏低音も装飾をつけても構いません。

ですから、同じ楽譜に依拠はしていないのが、その時代のバロック音楽です。

でもバッハは、ヴァイオリンとオブリガード・チェンバロ(必須なチェンバロ)との作品ではチェンバロの右手も左手も全部楽譜化しているので、ほかの演奏との比較ができます。

 ほかのバッハのフルートと通奏低音のためのソナタでは、装飾を入れてもいいように、通奏低音の例えばチェロとチェンバロに完全な楽譜化をしていないので、装飾の余地はあります。もちろんヴァイオリンも同じでゆっくりした楽章では、装飾を入れたり、早い楽章でも入れてもいいのです。それは自分自身の装飾であっても、その当時の市販されたそうした楽譜を使ってもいいのです。

そこが、再現芸術の比較と言ったときに、モーツァルトやベートーヴェンとは違うので、バロック音楽は敬遠されるのでしょうか。

バロック音楽好きの私にはよくわかりません。

みなさんはどう考えられますか。

|

« ベームとカルロス・クライバーという指揮者~その聴衆の熱狂~ | トップページ | ドヴォルザークのスラヴ舞曲の聴き比べ~ターリヒ、アンチェル、ノイマン、クーベリック、マーカルとチェコ・フィル~ »

クラシック音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/587115/66529745

この記事へのトラックバック一覧です: クラシック音楽とバロック音楽~なぜ古楽はこれほど人気がないのか~:

« ベームとカルロス・クライバーという指揮者~その聴衆の熱狂~ | トップページ | ドヴォルザークのスラヴ舞曲の聴き比べ~ターリヒ、アンチェル、ノイマン、クーベリック、マーカルとチェコ・フィル~ »