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2015年5月 9日 (土)

女流ピアニストの演奏~凄みと癒し~

あまた、多くの女流ピアニストが、日本国内や世界で、活躍しています。

女流ピアニストについて、その演奏に、聴衆が、何を求めているかによっても、様々でしょう。

もともと、女流ピアニストは、いくら外人でも、男性のピアニストと比べて、体力的にも違います。

そうした点で、ハンディを負うこともあります。

でも、かつての、マルタ・アルゲリッチの女流ピアニストによる打鍵ともに、テクニックに鉄壁な、名ピアニストというのも異例でしょう。

ある知人に聞いたのですが、こうした、アルゲリッチやイレ-ナ・ヴェレッドなどの演奏は、聴衆に突き刺さるような音楽性やその凄みを感じることが、聴いていて、興味深いのだそうです。

確かに、アルゲリッチの若いときの録音での、シューマンの子どもの情景等は、女性的な優しい表現もありますが、同じドイツ・グラムフォンレーベルでの録音で、ショパンのスケルッツオの第二番やショパンのピアノ・ソナタ第二番や第三番などの凄みというか、ヒステリックとも言えるかもしれない名演奏もあります。

またそうした、演奏に感じ入る聴衆もいます。

私は、女流のピアニストには、癒しやかわいらしさを、個人的には、求めることが多いです。

内田光子氏のモーツァルトのピアノ・ソナタ全集やピアノ協奏曲の録音やマリア・ジョアオ・ピリスによる、エラート・レーベルのショパンのワルツ全集モーツァルトの協奏曲によるかわいらしげな演奏や田部京子氏による、シューベルトの即興曲のデンオンレーベルの録音など、癒される演奏をつい求めてしまいます。

それぞれどちらがいいかという問題ではなしに、人それぞれの聴衆というものは、様々な演奏に目が行くものだと感心します。

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